ある話
先日、ある経営者の方と話をさせていただく機会があった。
いろんなことに話が及んで、家庭内暴力の話になり、その原因は親自身が愛されているという感覚がないので、子供を愛することができず、子供が愛を確認できないから、グレるという話だった。
その人は経営者なので、会社でもまったく同じだと言っていた。
いくら大きな体をしていても、社長から見れば、みんな子供だ。愛されたいんだ。
そして、愛するためには、自分に一杯の愛がないといけない。
ということだった。
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先日、ある経営者の方と話をさせていただく機会があった。
いろんなことに話が及んで、家庭内暴力の話になり、その原因は親自身が愛されているという感覚がないので、子供を愛することができず、子供が愛を確認できないから、グレるという話だった。
その人は経営者なので、会社でもまったく同じだと言っていた。
いくら大きな体をしていても、社長から見れば、みんな子供だ。愛されたいんだ。
そして、愛するためには、自分に一杯の愛がないといけない。
ということだった。
人材の流動化が激しい。
と、同時に、会社への忠誠心は失われ、キャリアプランとか、キャリアアップとかってことの方が重要になってきた。
個人の人生としてのプランを考えていくことは必要なことだと思う。
けど、なんでもかんでもキャリアアップのためって考えるのも間違っていると思う。
会社は誰のものか?
という、ライブドア事件の前後で、よく耳にした議論。
僕は会社は誰のものでもないと思う。
あえてゆうなら、生まれたばかりの会社は、経営者とか、株主とか、従業員とかが親である子供のようなものかなあと思う。
また、会社が立派に育って多くの人の役に立てる段階になると、逆に会社が親のような立場になり、一個の独立したもの、公器になる。
なんかひどい目にあっている会社をみると、なぜか「会社がかわいそう。」って思ってしまう。ひどい目に合わせているのは、時に経営者であるし、株主であるし、労働組合のような従業員だったりする。だから、会社は誰かのものと考えるよりも一個の個性と考えた方がいいと思う。
で、その目でキャリアアップ重視の流れをみると、そればっかり考えている社員が増えた会社って、やっぱりかわいそうだと思う。
多くの多くの会社でみられることだけど、これも愛の欠乏現象なんだろうか。
成功者は朝型の人が多いと聞く。
僕は朝型の人が成功する理由は、意志の力だと思っている。
毎日、決まった時間に起きるのは、簡単なようで難しい、我々はついつい睡魔に負けてしまうのではないだろうか。
パレートの法則では、仕事は重要な2割をおさえればよい。
と言われているけど、仕事はゴールまで行かないと成功しない。
意志の弱い人は9割であきらめてしまうのだ。逃げてしまう。
それを繰り返すと信用を失う。そして人徳を失ってしまう。人徳を失うと協力者はいなくなり、成功などできなくなる。
別に朝早く起きることが大事だとはおもわないけど、意志を鍛えることは大事だとおもう。
崇高な理想であっても意志の力が弱ければ実現しない。逆にどれだけベタな考え、理念であっても愚直に続けていれば実現する。
仕事の中での意志の鍛え方は、手を抜かない。ことだと思う。
例えば、事業計画を立てるなら、あらゆるパターンの事業計画を立てるべき。大抵の人は、自分で勝手に立てた仮説を積み上げて、1パターンの事業計画を立てるだけで満足してしまう。で、やってみないとわからないのだから、これ以上考えてもしょうがないなどとおっしゃる。
いやいや、まだまだ考える余地あるし。
僕は最初、こうゆう人は冗談で言っているのか?と思うほど、信じられなかった。よくそんなんで、新しいことができるなと。事業を責任もってできるなと。
やってみないとわからないことでも、突き詰めて考えみると、仮説はほんの2、3に絞られるものだ。で、それをベースにパターンを考えれば、おそらく、4から5通りの戦略があるはず。
そして、最良のものをそこから選んでスタートすべき。
また、きちんと計画は紙に落として、周りを説得し、常に修正していく必要がある。
最後のもう一踏ん張りをするのは、非常にエネルギーがいるが、そこにエネルギーを注いでいくことが意志を鍛えていくことになっていくと思う。
と書いてみたものの、それをやり切るのは難しいですね。
新内閣の人事が発表された。
業務に近いところだと総務大臣の増田氏がどのような人物で、今後、放送についてどのような方針をだしていくのかが気になる。
ウィキでみた限りではよくわからないので、ちょっと調べてみようと思う。
様々な利害関係を調整しての結果だと思うが、こういった人事を決定するにあたって、どんなドラマが繰り広げられていたのだろうか?
”政治”は、一般企業だろうが、公務員だろうが、宗教だろうが、サークルだろうが、組織のあるところ、どんな世界でも繰り広げられていると思う。
組織が大きく変わるとき、”政治”が働く。いろんな利害関係者が関わり、その力関係は動き、日々、結論は変わる。渦中にいる人は、まさに大きな濁流の中に、放り込まれた感じだろう。
その中では、大なり、小なり、選択をしなくてはいけない。
そして、その選択の結果、様々な反応を受け止めることになる。
また、選択の結果が責任となり、自分を縛る縄にもなる。
こういった選択を迫られるとき、自分自身の価値観を知ることになる。
自分は本当の本当は何に価値を置いているか?
また、周りの人たちの本音も見えてくる。
自分のキャリア、部下の成長、会社の発展、株主の利益、協力者の利益などなど、判断基準はいろいろある。
我々は仏法真理的価値観を大切なものと考えている。しかし、三次元世界では、必ずしも最高の選択をできるわけではない。平時の選択と、戦時の選択も変わる。これから変化するときと、安定させるときと、選択の内容は変わる。何にポイントを置くかも変わる。
嘘をついてはいけないという教えを守って滅んだと言われる釈迦族のように本音だけでもだめ。しかし、建前や嘘ばかりついていたら、心が苦しむ。
はっきり自覚できることは自分の未熟さだ。
いろんな課題が我々に与えられる。
この課題に対しては、決して逃げることなく、自分として最高の回答を出せるように取り組んでいきたいものだと思う。
従業員は、自分の専門性や個性を磨いて、強みをもって組織に貢献できればいい。
しかし、マネジメントを行うものは、自分の関心のなかった領域や弱みについても能力を持つことを求められる。
さらに、経営者に求めれるものは多い。
通常、営業や技術や企画を専門としてきた人間は、経理・財務・人事・法務が弱い。経営者を目指す人間は、常日頃からこういった分野の勉強をしておく必要があるが、それでも自分一人で行うには限界がある。
それだけではなく、経営環境は日々、刻々と変化している。だから、経営者はいろんな勉強をしておく必要があるが、すべてを完璧にこなすことはできない。
では、成功している経営者はどうしているか?
様々なパターンがあるとは思うが、僕が普段いろんなことを教えてもらっている経営者の方は、やはり、自分で把握する努力をされている。結構、高齢の方なのだが、新しいことを専門家の意見を聞きながら、一旦、自分で把握する。そして、小さなところから始めて大きく育てるという手法を取っている。
自分で把握しようとするかどうかが、組織を掌握できるかどうかの分かれ道になる。
我々は未知の分野については、面倒になったり、パレートの法則にしたがっているつもりで、まる投げしてしまっていることが多い。この状態だと、マネジメントは方針を出していない状態になる。方針を出していないと従業員は能力が発揮できずモチベーションが下がったり、勝手なことをやりだす。そして、組織の能力は落ちる。
方針を作る。方針を作らせる。そして、実行する。
やりきるには、同じことを何度も何度も言い続ける必要がある。
あたり前のことだが、これをやりきれるかどうかが意志の力になる。
方針書はA4一枚の簡単なものでいい。
僕は以前ある会社(従業員3000名ほど)で、経営企画的な仕事をしていたことがあって社長向け用の方針用資料などを作っていた。そのぐらいの規模の会社であっても、結論は絶対にA4一枚にまとめさせられていた。もし、必要なら、別添付などを用意するが、本当のポイントは何か?ということはA4一枚ぐらいでまとまる。
だから、簡単なものでもよいので、方針書を用意して、マネジメントはそれを使って指導し続ける必要がある。
これは我々の人生にもいえると思う。
方針書を用意する。そして、自分に日々言いかせる。
そして、やりきる。
ちなみに、僕は、今は小説よりもおもしろい(おもしろいと思わないとやっていけない。)ことが毎日起きていて、ある程度、流されるようにしている。あまりもがいても仕方がないときは、心をあまりブレさせないでいる方が大切かなと考えている。
リーダーなど人の上に立つと、多くの批判を受ける。人格、考え方、立ち居振る舞い、仕事能力。何か一つでもスキがあればそこを突かれる。
あまりの多くの批判や苦言にさらされて、逆ギレするリーダーもいるでしょうし、がっかりするリーダーもいるでしょう。
しかし、我々が知っておかなくてはいけないのは、自分の耳に届く苦言は、部下が考えていることの10分の1、100分の1に過ぎないということだ。なぜなら、部下が上司に苦言を呈するのは、相当に積もり積もったものがあって、しかも全てをぶちまけることは滅多にないからだ。
リーダーが自分だけにスポットライトが当たっている、自分のおかげで組織が成立していると、考え出したときは要注意だ。本当にその通りになってしまっている。スポットライトが当たっているので周りが見えなくなり、誰一人自分の周りにはいなくなっている。
甘言を弄する人だけいて、苦言が耳に入らなくなった時、周りが何も言わなくなった時、リーダーへの信頼、期待、尊敬、人徳のすべてが失われている。こうなってしまっては、味方をしたいと思っている人も反発者への説明ができない状況になっており、まさに四面楚歌の状態だ。
そうならないためには、自ら苦言に耳を傾けなくてはいけない。その中には学ぶべきことが本当にたくさんある。苦言に耳を傾けるには、自分に対しての本音を引き出さなくてはいけない。が、部下が本音を語ることは、ほとんどない。だから、言動や行動から推測しなくてはいけない。つらい現状に目を向けるには謙虚さと強靭な精神力がいるが、それも人生修行だと考えれば可能になる。
組織に属し、部下でいるときは、自分を指導してくれる上司がいる。弱いところを突いてくれる上司がいる。しかし、自分がリーダーや上司の立場に立つと、そうしてくれる人はほとんどいなくなる。だから、自分で気づいていない失敗をすると、様々な”チャンス”、”成果”が失われている。そして、失われてしまったことすら気づかない。「裸の王様」になってしまうのは、本当に怖い。日々、器を広げ、精進したいと思う。