「いじめ」をテーマにしたドラマ「ライフ」が終わった。
あらすじは、歩(北乃きい)という高校一年生の女の子が、愛海(福田沙紀)を中心としたクラスメイトにいじめられ、現代社会を映すごとく学校や教師は「いじめ」を隠蔽し、全く問題を解決できない。というものだった。結末としては、愛海がやってきた悪事がばれて、クラスメイトに逆にいじめられるというものだった。
ある人が、いじめは犯罪を全く無くすことができないように、無くなることはない。と言っていたが、確かにそうだと思う。
しかし、問題は、通常の社会で行えば犯罪とされることが「いじめ」とか「生徒同士のいざこざ」として、学校が隠蔽することにある。これは実際に日々起きている。
この教育問題に積極的に取り組んでいた安倍総理が辞任したが大変に残念だと思う。
政治の世界は、よいことをやっていても、とにかくなんでもかんでも批判をするマスコミが大衆の心理を操作する。ある意味、これもいじめと同じ原理を使っているのだなと思う。
ライフでも、ずっといじめをしていた愛海がいじめられる立場になったのは、極めて政治的なものだ。自分を支持する仲間がだんだんいなくなって、悪事がばれると政治的な力が弱くなる。そうすると、大衆は今度は攻撃する側にまわる。
企業でも同じことはある。政治、空気と言われるものだ。組織は結構こうゆうものに支配されている。
話しをもどす。
いじめは実際に、物理的な暴力もあるが、精神的な攻撃もある。誰かを攻撃するのは極力避けたいものだと思う。子供同士でいると見えないが、その子供がある年齢まで育ってくるには、やはり多くの人の愛があってのこと。いじめに会うことは、その本人にとっても苦しいことであるが、家族やその子供を見守ってきたすべての人にとっても非常に悲しいことなのだ。
教育への理念が失われているのは、戦後、日本が精神的な価値を捨てたからだ。この問題に取り組むにはもう少し時間がかかる。
しかし、隠蔽。嘘。ということがいけないことは、どんな教師でも理解できることだと思う。
隠蔽や嘘がいじめを拡張している。犯罪は犯罪として処理すべき。いじめのある事実を隠してはいけない。この問題は隠蔽すべきではなくて、きちんと裁くこと、処理することが大切だとおもう。