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2007年10月 アーカイブ

2007年10月13日

宮城谷昌光の三国志

最近、宮城谷昌光の「三国志」を読んだ。(二巻までですが。)

三国志ものは、大体、黄巾の乱から始まっているものが多いが、宮城谷さんの三国志では、後漢の第四代皇帝のあたりから話が始まっている。第四代から80年後の第十二代霊帝で漢王朝が滅ぶことは決まった(実際は第十四代皇帝が曹操の息子に禅譲して滅んだのだが。)が、この間の王朝が腐敗して崩壊していく様子や、その中での政治的なかけひきなどは、自分がその時代に生まれていて、政治闘争に巻き込まれてしまったら、どうするだろう。などと考えて読むと非常におもしろい。

無能な皇帝が次々と生まれて、欲にかられた外戚(皇后の一族)や宦官が私利私欲のために、朝廷を壟断していく中で、段々に朝廷は腐っていく。正しいことを訴える者が死罪にされたり、よい政治をするのだが、政治的には本流ではないものが、権限をもってしまうことで、それが次の悪を生み出す原因になってしまう。

それでも何度かは、朝廷を建て直すチャンスはくるだが、決まって無能なものや、欲望にかられて動くものにつぶされてしまう。

過ぎ去ってみれば、次の時代を呼ぶために、古い政治を腐らせている時代だったのかと思うが、同時代に生きている人には天意はあるのだろうか?と、不安にさせる時代だったと思う。

このような時代に正しい心を持っている生きている人は、何パターンかの生き方があった。大きく分けるとすると、
①在野にいて政治にはタッチしない。弟子の養成につとめる。
②政治闘争にはタッチしないで、政治の中で自分の持ち場で最高の仕事をするように務める。
③悪を滅ぼすべく、政治の中で戦う。
となる。

結果をみると、③の方針を取るといずれは自分が滅ぼされる。②をとると、知らず知らずに悪に加担することがある。と、なると①がよいように見えるが、それもなんともやるせない気持ちになる。

だから、その後、④古い政治を滅ぼし、新しい時代を創る。という選択をする者が現れ、戦国時代に入っていく。時の権力者に天意がなくなると、そのような時代がくるのだと思う。

朝廷が腐敗していく過程においては、口うるさく進言してくる臣がいて、その言葉を選択しないで、自分に甘い言葉を吐く臣の言葉を選んでしまうトップがいて、その”結果”を見せられてから自分の選択が間違っていたことを気づかされる。しかし、”結果”がでてしまってからではもう遅い。

本人にその気がなくても、政治的な闘争に巻き込まれることもある。だから闘い方を知っておくことも大切だ。が、心は常に清明に保っておく努力は必要だ。もし、我々が政治闘争に巻き込まれ、上記の①~③の選択を迫られるとき、立場によってどの選択をするか?は変わってくると思うが、天の支援を受けられる自分つくりだけは常に心がけておくのがよいと思う。

2007年10月25日

DoCoMoの契約者数など

結構、探したりすることの多いデータなので、DoCoMoの契約者数などをまとめました。

■契約者数     5285万契約(2007年6月)←5262万契約(2006年6月)
■FOMA契約者数 3785万契約(2007年6月)←3552万契約(2006年6月) 
■パケット定額   1046万契約(2007年6月)← 691万契約(2006年6月)

■引用元
http://www.nttdocomo.co.jp/corporate/ir/binary/pdf/library/earnings/fy2007_1q.pdf

パケット定額の伸びが素晴らしいですね。年末に発売開始される905系の端末が全機種HSDPAであることを考えるとさらに伸びていくと予想されます。本格的なケータイ・ブロードバンド時代が来る予感がしますね。

2007年10月28日

宮城谷昌光「三国志(4)」

三国志〈第4巻〉
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star“宮城谷三国志”はやはり一味違う
star困窮の時間をどうすごしたかが人の成否を決める

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曹操が勇躍する直前の話であり、まさに、曹操にとっての青春の原点といえる時代をどう過ごしたか?ということが語られている。辛い時期をどう過ごすか?ということを学ぶには最適だと思う。

周囲には英雄と認められはじめ、自分の治める国もできはじめたが、他国に遠征をしている間に呂布に国をのっとられる。そのとき、袁紹が捕虜と引き換えに手を差し延べてくる。一旦、その要求を飲みそうになるが、家臣の程昱に引き止められ、なんとか耐える。

一年後、曹操はその時を振り返り、
「程昱の進言を容れなければ、いまごろは妻子を袁紹に執られて、自身は犬馬のごとく使われ、兗州は呂布に支配されていたであろう。きわどかったと想えば、いまでも胸が震える。人にはどうにもならぬ衰運のときがある。身動きさえできる困窮の時間をどうすごしたか、ということが人の成否に大いにかかわりがある。」
と回想をしている。

人は早く名声を得たい。結果を出したい。という欲望に振り回され、時間を耐えるということを忘れてしまいがちだ。その人が大きく飛躍する人材であればあるほど、辛い試練が与えられるものなのかもしれない。その時に、どう過ごすか?どう過ごしたか?が、自分とは何者かを語っている。そして、その後の運命も決まる。

曹操は周りの力に頼るということは決してしなかった。(協力はもちろん得るのであるが。)

曹操と逆の行動を取り続けたのが袁術だ。自分では何もしなくて、常に周りにやらせることばかりを考えていた人物だ。袁術については、「怠惰」と評されている。天から大きなチャンスを与えられても「怠惰」であっては、そのチャンスを生かすことができない。

曹操と袁術。第4巻ではまだ命運は明らかにされていないが、戦国時代には、どちらが勝っていける人物なのかは明らかだと思う。

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