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2008年04月 アーカイブ

2008年04月09日

水滸伝(1)、(2)(北方謙三)

ある人の勧めで水滸伝を読み始めた。
ずっと気になっている本だったのだが、なかなか手をつけられていなかったので、良い機会なのでちょくちょく読むことにした。

時代は十二世紀の中国、北宋末期。

1巻では梁山泊の中心になるメンバーが全国で志を持ちながらも時間を耐えている時期だ。
目的があるんだけど、まだ機が熟してなくて、精神的にも不安定で、旗揚げに向けて、準備を続ける時代。
物事が始まる前は、誰でもこのような時期を過ごす。志はあるんだけど、無名で、孤独で、本当に未来は来るんだろうか?と疑いながらも、あきらめないで進めないといけない時期で、非常に重要な時期だと思う。この時期に徹底的に蓄積をすることで、それが自信に繋がって、物事が動き出したときには、あせらないで進めることができるようになる。

企業でいうのであれば、創業前や新規事業を始める前にあたる。
凡人は、準備をしないで、とりあえず一歩を進めてしまう。その結果、後の修正が大変になるし、ずっと先まで進める力を持っているのに、ちょっとしたところで挫折してしまうことになる。
よく、ビジョンをありありと描き、もう実現しているかのように語れるようになっていることは実現すると言うけど、準備期間に何度もシミュレーションしているから、それが可能になるのだと思う。

振り返って自分を見てみると、やはり最初の一手ばかりを思い悩んで、ずっと先の構想までのビジョン固めはできてないなあと感じる。
お金さえあれば、あんなことも、こんなこともできるのに、というタイプの人間は、やはり構想力が弱い。構想を深めていくともっと重要なことに思いが向いていくからだ。
風が吹き始めたなあと、思ったときは焦らず、しっかりビジョンを持つようにしたい。

2巻では、いよいよ動きはじめる。

ここでは、梁山湖に先に世直しのために集まっていた数千人を、7人でのっとるということになるのだが、先に集まっていた数千人は、構想力も弱く、とりあえず旗揚げをしていれば、いつか政府に対抗できるだろうと甘い観測で始めたために、自己保身におちいり、盗賊となり果ててしまった者たちだ。
そこへ、構想力をもった人間が現れたら、あっという間にのっとられてしまうし、その方が世の中の役に立つことになったりする。

テーマ設定をしてみる。
①独立する。
②上場会社を創る。
③100年は続く企業を創る。

発想が全然変わってくる。

水滸伝〈1〉 曙光の章 (集英社文庫 き 3-44) (集英社文庫)
北方 謙三
集英社
2006-10-18

by [Z]ZAPAnetサーチ2.0
水滸伝〈2〉替天の章 (集英社文庫) (集英社文庫)
北方 謙三
集英社
2006-11-17

by [Z]ZAPAnetサーチ2.0

2008年04月10日

京都大学がネットで講義を配信

京都大学がYouTubeで、講義を配信することになったようです。
大学が講義をネットで配信する動きは、MITが先進的にやっておりましたが、京都大学も開始することで非常に良いことだと思います。今後も注目していきたいと思います。

京都大学オープンコースウェア
http://jp.youtube.com/KyoDaiOcw

2008年04月13日

日本は没落する(榊原英資)

最近、ある人に「経営スキルとして必要なものは何ですか?」と問われました。
僕は「あえて一つあげるとすれば、今、何が起きているか?そして、今後、どうすべきか?ということに対しての見識があって意思決定することではないでしょうか?」と、答えました。

今後、どうなるかについてはもちろんですが、今、何が起きているか?ということについても、実はよく分かっていないのが、我々です。本書はこのままでは没落するというテーマで、様々に起きている変化ややらなくてはいけないことについて書かれています。

大きな変化の一つとして、産業資本主義時代が終わった。と、言っています。これはいろんな人が言っていることでもありますが、それが現実化してきたということです。「金余り」の時代になって、大量の資本を持っている人が、資本を投下することでさらに富を生み出すことができた時代から、資本ではなく、知識・技術・情報を持った人のところに資本が集まり富を生み出すことにできる時代になってきたと言っています。

その時代に重要なのは、個人の知的な水準であり、その根底にある教育です。その重要な教育が「ゆとり教育」の名のもとに、徹底的に破壊されてきました。僕もまさに教育の低レベル化は、今後の国家の没落に繋がると思います。

また、国家として、エネルギー、外交、軍事(憲法9条問題)、食糧に関しての10年単位での戦略も持っておらず、その場その場の対応に追われてしまっている。と述べられています。

政治がコロコロ変わるので、なかなか10年スパンでの戦略も持ち得ないとは思いますが、榊原氏はその役割を官僚が担っていくのがよいと言っています。この意見に関しては、僕は一定の疑問を持っています。小泉首相や安部首相によって、官僚が主導を握る状況を修正してきましたが、官僚の罠で安部首相が退任に追い込まれ、その後、やってきたのが、現状の経済不振であることをみると、やはり小さな政府を目指して、民でできることは民に委譲していく方向にするべきだと思います。

榊原氏は、「公(パブリック)」の精神ということで述べられていました。官僚になる人間というのは、お金よりも公の役に立ちたいという思いで官僚になったと言っています。確かにその面はあると思いますが、根本思想として、戦後、日本は宗教を否定してきましたので、それに変わるものとして、共産主義を取り入れてきましたが、そこにあるユートピア思想があるのではないかと思いました。

共産主義は、中国やロシアをみると、超優秀な一部の人たちが国家を計画的にコントロールして、その元での平和を一般市民が享受するという運営形態を生んできたようです。よくも悪くも、共産主義が持っているユートピア思想を根底にもった世代は、パブリックの精神を持ちえたと思いますが、共産主義は完全に失敗だったことが、わかっている今、パブリックの精神を持って、国家の運営にあたれるのは、宗教的な教育を受けた人間以外はありえないと思います。そして、日本ではそのような教育はほとんどなされていません。
したがって、官僚が主導になって国家を運営していく形態は、国家の利益よりも、自分の利益、自分の省の利益を優先する形に陥ることになり、良い結果は生みません。

やはり、今後の国家戦略を生み出すのは、官僚ではなくて、民間のシンクタンクに移行させていくべきではないかと思います。

日本は没落する
榊原 英資
朝日新聞社
2007-12-07

by [Z]ZAPAnetサーチ2.0

2008年04月16日

水滸伝(三)(北方 謙三)

宋の国を裏で支える「諜報機関+暗殺実行部隊」の青蓮寺という組織がある。
この組織は国を保つために表には出てこないで、裏で様々な活動をしている。梁山泊も、この組織との情報戦が始まりつつあるのが三巻だ。

そもそもの問題は、役人が腐り、軍人が腐っていったところに問題はある。さらにその原因は皇帝が無能で、贅沢をし、政治に全く関心を持たないことにある。
そういったシステムでも、なんとか機能させようと裏の組織が動き出す。
また、別の流れでは、政府を打ち倒そうという流れも生まれる。

この2つのぶつかり合いがどうなるのかは、今後の展開によるのだけど、ここで考えさせられるのは、「正統性」という問題。

裏の組織が、実はいろんな問題を解決し、なんとか国のシステムを保つ役割をしている。という状況は、果たして、善いのだろうか?と考えてしまう。小説では“悪役”として描かれているので、読者はどうしても無批判に、裏の組織は消えればよいのに。と考えてしまうと思うが、単純にはそうは言えないこともある。

裏の組織のメンバーは、個人の利益などは、あまり考えず、国家のシステムを保つために、あえて悪役にもなり、汚い仕事もしているように見える。
しかし、やはり表に出てこないで、正統に権力を持つことが許可されてないものは、責任も取らない立場にいるため、長期的には、その存在そのものが国家を腐らせることになる。自分自身は、国家に必要だと思って動いていても、逆に、存在そのものが腐らせる原因になるからだ。

時に、こういった裏の組織を好む人間がいる。タイプとしては、楽な裏道を探したりや自分だけを特別視するようなタイプに多い。このタイプと正反対の人間の資質をあげるとすれば、それは“誠実さ”ということになる。

“誠実さ”は“正統性”に近い意味を持っていると思う。
自分が今、歩いている道や、今後歩こうとしている道が、正統なものであるか?それとも嘘や裏道的なものが混ざっていないかどうか?ということは常にチェックするとよいと思う。

人間には嗅覚がある。お金によく嗅覚が効く人間は、営業として向いていると思うし、新しい技術に嗅覚が働く人間は技術者に向いている。そして、人の上に立つ人間は、“誠実さ”とか“正統性”というものに対する嗅覚を持っていたいものだと思う。僕もいくらかの失敗を通して、それを強く感じている。

水滸伝〈3〉輪舞の章 (集英社文庫) (集英社文庫)
北方 謙三
集英社
2006-12-15

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2008年04月21日

水滸伝(四)(北方謙三)

梁山泊による叛乱の動きが展開しつつする中で、宋江は役人をいつ辞めるのかタイミングを計っていた。

こうゆう時はなんとも言えない力に動かされることになってしまったりする。
運命が動き始める瞬間がある。
なぜか、それまでは、うまく物事が進まないのに、ある時を境に自分が動かなくていけなくなったり、全然うまくいかなかったことが、うまくいきだしたりする。

宋江の場合は、きっかけは不幸な事件だった。

これらと関連して、なぜか知らないけど、「結果」と「過程」ということについて考えた。
世の中には、結果主義の人と、過程も重視しつつ結果を求める人がいる。

結果主義の人は、常に焦っている。この世界には、時間があるということを知らない。物事は種が播かれて、水をやって、果実が実るまでに、時間が掛かる。そのことを知らない。だから、オールオアナッシングで考えてしまう。

過程も重視する人は、結果を出すことを目指しつつも、その過程において、成長していったり、いろんな気づき得たりすることに喜びを感じる。だから、例え、不幸なことが起きても、それをステップに変えることができる。

宋江は、過程も重視するタイプの人間なのかなと思った。
また、これが人間の器の大きさとも関係しているのかなと思った。

器の大きな人間というと、勘違いしてしまうのが、清濁合わせ飲めるような人間だと思っていたり、人脈が広い人、と考えてしまうことがあるけど、本当はそんなことは表面的なもんなんだと思う。

水滸伝 4 (4) 道蛇の章 (集英社文庫 き 3-47) (集英社文庫 き 3-47)
北方 謙三
集英社
2007-01-19

by [Z]ZAPAnetサーチ2.0

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