梁山泊による叛乱の動きが展開しつつする中で、宋江は役人をいつ辞めるのかタイミングを計っていた。
こうゆう時はなんとも言えない力に動かされることになってしまったりする。
運命が動き始める瞬間がある。
なぜか、それまでは、うまく物事が進まないのに、ある時を境に自分が動かなくていけなくなったり、全然うまくいかなかったことが、うまくいきだしたりする。
宋江の場合は、きっかけは不幸な事件だった。
これらと関連して、なぜか知らないけど、「結果」と「過程」ということについて考えた。
世の中には、結果主義の人と、過程も重視しつつ結果を求める人がいる。
結果主義の人は、常に焦っている。この世界には、時間があるということを知らない。物事は種が播かれて、水をやって、果実が実るまでに、時間が掛かる。そのことを知らない。だから、オールオアナッシングで考えてしまう。
過程も重視する人は、結果を出すことを目指しつつも、その過程において、成長していったり、いろんな気づき得たりすることに喜びを感じる。だから、例え、不幸なことが起きても、それをステップに変えることができる。
宋江は、過程も重視するタイプの人間なのかなと思った。
また、これが人間の器の大きさとも関係しているのかなと思った。
器の大きな人間というと、勘違いしてしまうのが、清濁合わせ飲めるような人間だと思っていたり、人脈が広い人、と考えてしまうことがあるけど、本当はそんなことは表面的なもんなんだと思う。
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水滸伝 4 (4) 道蛇の章 (集英社文庫 き 3-47) (集英社文庫 き 3-47)
北方 謙三 集英社 2007-01-19 by [Z]ZAPAnetサーチ2.0 |
